怒り、不安などの不健康な感情に振り回されなくなるABCモデルって何?

果たしてネガティブな感情はいらないのか?

朝起きて、満員電車に乗れば、隣のおっさんの息が臭くてムカつく。

会社ついたら、出世頭の同期とすれ違う。

「なんであいつは課長になれたのに俺はヒラのままなのだ!?」


しばらくすると取引先からクレームの電話。

「さすがにこのクレームは部長に報告しないといけない、なんで
俺ばかかりこんな目に合うのだ!?」

と朝から憂鬱だ。

仕事帰りに同僚と酒を飲んでは

「あのバカ部長が……」

と仕事に愚痴ばかり。

ふと酔いが冷めると罪悪感に苛まれる。

家に帰れば、妻から

「子供がいう事を聞かない、あなたからも何とか言ってよ!」

と小言を毎日のように聞かされて、

「こんな毎日、耐えられない!」


と心の中で叫んでいる、そんな日々過ごしているあなた。

もうちょっと平和な日々過ごしたくはないですか?
平和に過ごすためにはどうすれば良いのでしょうか?

その方法はたった一つ。
本稿ではその方法をお教えいたします。

ネガティブな感情はいらないのか?

平和の気持ちとはどんな気持ちでしょう?

心が穏やかで、晴れやか、すがすがしい、そのような気持ちではないで
しょうか?

逆に厳しい毎日を過ごしていると、

不安やイライラ、怒り等。

平和な気持ちと真逆なこれらのネガティブな感情に私たちは悩まされます。

そして

「こんな感情なくなってしまえばよいのに」

と思う事も。

平和な気持ちで過ごすには、こんなネガティブな気持ちをまずはなくそうと
思うのが人の常。

しかし、ちょっとよく考えてみましょう。

ネガティブな感情は本当になくなった方が良いのでしょうか?

例えば……

大事な入試の3日前の夜。

あなたは

「落ちたらどうしよう」

心配になります。

そして、もう一度参考書を見直しました。

試験当日、3日前に参考書見たところが幸運にも試験にでました。

そのおかげで見事試験に合格。

もし3日前に心配にならずに

「なんとかなるさ」

と思っそのまま勉強せずに寝てしまったら、
試験に落ちていたかも。

これは極端な例ですが、心配する勘定は決して悪い感情ではありません。

入試に落ちるかもしれないという将来に心配になるから、それに備えて
勉強をするという選択をするのです。

感情はネガティブだからダメとかポジティブだからよいという事はありません。
感情に良し悪しや優劣はないのです。
人が生きていくのに必要なのが感情なのです

健康的か不健康かで感情を分けるとは?

感情に優劣はないという事を先ほど述べましたが、では

感情のままに生きていけばよいのでしょうか?

感情に任せると人は時に自滅的な行動をとってしまうことがあります。
例えば先ほどと同じよう状況で試験の3日前に

「試験に落ちたら人生終わりだ!」

強い不安感に襲われたらどうでしょうか。

眠れない夜が続き、試験当時は寝不足。
結局大事な試験を落としてしまう……。

最初の例では「試験に落ちるかもしれない」と心配する程度

しかし次の例では「試験に落ちたら人生終わりだ!」と強い不安感になっています。

20世紀を代表する世界三大心理療法家のアルバート・エリスが創始した
REBT(Rational-Emotive Therapy)によると

ネガティブな感情を

目標達成に貢献する行動を促す健康的なネガティブな感情
自滅的な行動を促す不健康なネガティブな感情


に分類しました。

最初の例はさらなる勉強を促す健康的なネガティブな感情といえるでしょう。

逆に二番目の例は不眠にさせる不健康なネガティブな感情といえます。

では、自滅的な行動につながる感情にふりまわわれないようにするには
一体どうすればよいのでしょうか?

自滅的な行動は何が原因なのか?

人は不安や怒り等の不健康でネガティブな感情を感じた時、
出来事のせいにしてしまいます。

例えば朝、あなたは上司に挨拶しました。
しかし上司は挨拶を返してくれませんでした。
あなたは上司に嫌われているのかしれない、
と考え上司に嫌われていると感じ不安になります。

つまり

態度が冷たい=不安

と状況に影響されて感情が生まれると無意識に思っています。
しかしもう少し考えてみましょう。

状況が感情を作っているとすると同じ状況であれば、
だれでも同じ感情が生み出されるはずではないでしょうか?

当然そういうわけではありませんね。

上司の態度が冷たくても別に自分の人生に大きな支障はない、と思い、
不安にならない人もいるでしょう。

前者の人と後者の人とでは何か違うのでしょうか?

出来事をどのように認知するかで感情が生まれる

上司に挨拶を返されずに不安になった前者の人は、「上司に好かれるべきである」であるという

「べき思考」

をもっているのです。

先のアルバート・エリスはこの「べき思考」とも呼べるその人の強い信念を

イラショナルビリーフ(固定的信念)


と名付けました。

一方「上司の態度が冷たくても別に自分の人生に大きな支障はない」
という柔軟の信念は

ラショナルビリーフ(柔軟な信念)

と呼んでいます。

このように人はA(activating event=出来事)を経験し、
その出来事はその人のB(belief=信念)に基づき認知、評価、検討され、
C(consequence=結果 感情と行動)

を生み出すのです。

Cを自分にとって望ましいものにするにはBを変える必要がある

これをエリスは

ABCモデル

と名付けました。

このエリスのREBTにおけるABCモデルは現代の認知行動療法の中でも主要な考え方の一つとなっています。

「べき」から「したい」へ

あなたが不健康でネガティブな感情に支配されるのは、
出来事自体ではありません。

出来事を経験した時にあなたが持った

「べき思考」に代表されるイラショナルビリーフ

がその原因である事は前述したとおりです。

人間誰しも

成功したい、愛されない、他の人と平等に扱われない等
「~したい」という望みはもっています。

しかしそれらの望みをどうしても得たいがため、
成功すべき、愛されるべき、平等に扱われるべき
という自分本位の尊大な欲求や命令に変えてしまっているのです。


この「べき思考」が、不健康でネガティブな感情が頭をもたげ
あなたを動揺させ、不適切な行動をとってしまう原因。

逆にいうと尊大な欲求である「べき思考」を望みである「したい思考」に変えられれば、
あなたの動揺はなくなり、不適切な行動はとらなくて済むでしょう。

では、実際どのようにして「べき思考」を「したい思考」に変えられるか
次から考えていきたいとおもいます。

自分自身で「べき思考」に反論する

あなたの尊大な欲求である「べき思考」は誰が作ったものでしょうか?

あるものはあなたの両親からのいい聞かされたものであったり、
またあるものはあなたの住んでいる国や地域の習わしであったりするでしょう。
あなたが生きていく中で処世術と身に着けたものもあるかもしれません。
しかしどんな由来があろうとも、あなたはあなた自身がその考えを採用し強く信じているのです。
ただ、だからこそ、

あなた自身でこの「べき思考」を変えることができるのです。

「べき思考」を「したい思考」に変えるの方法は自分で自分の考えを論破して、
それを自分に納得させることです。

論破するには現実性、論理性、実利性という3つの観点があげられます。
下記に「上司に好かれるべき」という「べき思考」をそれぞれの観点で論破する例をあげます。

1. 現実性において論破する
常に上司に好かれることは現実的に可能なのか?
仮に上司に好かれないとすると何が起きるのか?

2. 論理性において論破する

上司に好かれるべきという事は誰が決めたのか?
上司に好かれるべきというのは自分自身の好みではないのか? 

3. 実利性において論破する
上司に好かれべきという考えを持ち続けるメリットはあるのか?
上司に好かれるべきという考えを持ち続ける事で何が起こるのか?


このような形で自分の「べき思考」をあらゆる角度で論破してみましょう。

自分のもっている「べき思考」が馬鹿げた非現実的な欲求であることは理解できるはずです。

しかし長年にわたって持ち続けた「べき思考」を変えることを納得するのは難しいことも。
それでも何度も何度も納得できるまで繰り返してみましょう。

自己声明をつくりそれに沿った行動をする

うまく反論できたとしてもそれで安心してはいけません。
あなたのイラショナルビリーフを新しい合理的な考えであるラショナルビリーフに変え
それにそった行動を心がける必要があります。

例えば
「上司に好かれた方がよいが、常に好かれるとは限らない。例え上司に好かれないとしても自分が他の社員と劣っているという事はない。」

というラショナルビリーフを作ります。

そしてそれをノート等の目につくところに書いておき、上司との関係で不安になった場合はそのノートの内容を確認するようにします。

このように常にラショナルビリーフを意識、行動するような心がける事によって初めてラショナルビリーフを身に着けることができるのです。

まとめ

いかがだったでしょうか?
是非ご自身の「べき思考」であるイラショナルビリーフを探しだし、積極的に論破し、ラショナルビリーフに変えましょう。
そして、ラショナルビリーフに沿った毎日を心がけることで適切な行動をとれるようにしていきましょう。

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